鐘が鳴る

最近のこと、急に歯が痛くなった。

レンジで温めたお弁当を一口食べただけで世界が変わった。

地獄のような痛みが口の右半分に広がった。

和尚さんが思い切り鐘を打ったような痛みの音が反響した。

職場でのお昼時間。

和やかな空気の中、一人深く地獄。

 

その日の午後も仕事をしてはいたが、口の中は仕事以上に忙しかった。

痛みがどんなきっかけでやって来るのかまったくわからない。

急に鐘がごお~んと鳴るように始まるのだ。

そのたびに仕事手がビクッと止まる。

 

おまけに風もひいていて、痰が切れず喉の奥にかゆみが耐えない。

俺、呪われているのか?

早く帰宅したい。と思いつつの定時の18時まで勤務。

電車に乗ると、いつものように混雑しておりクーラーが強く首すじにあたる。

また、和尚が鐘を打つ。力一杯迷いのない痛み。

f:id:tabitami:20190605214036j:plain

和尚さん思い切り鐘を打つ

 

自宅について猫をなでる。猫には俺の苦しみがわかるんじゃないかと。

やたらにすり寄って来るのはお腹が空いているってことで、俺への心配ではない。

 

妻が夕食の準備をしていて「おかえり」と声をかけてくれる。

「ただいまー」

声をかけられたらすぐに返す。断りなくむやみに自分の話を始めないこと。

怒涛のごとく本日の報告を細かくしてしまう俺に妻が要求したルールだ。

 

でも今晩は違うんだ。口の中で事件が起きている。

「ちょっと話していいかな?」

と丁寧に前置きして、本日の口の中で進行中の痛みを伝える。

妻は色々な病を経験してきただけに、俺の病状を正確にとらえようと質問する。

いつから?どんな痛みで、どこが痛いのか?など。

 

俺の話はいつもズルズルと長くゴールへ行き着くまで無駄が多い。

 

妻は少し考えてから「もしかするとそれは虫歯ではないかもしれない」

と言う。「明日は仕事を休んで耳鼻科へ行った方が良い」

 

詳しく話を聞くと、風邪や花粉症などで鼻水が慢性的に出ると鼻の奥にある副鼻腔に

細菌がたまり副鼻腔炎となって歯まで痛くなるのだと言う。

急いで処置をしないと後遺症が残るかもしれないと言う。

 

ゾッとしてきた俺は明日の仕事は休んで病院へ行くしかないと決断した。

と簡単に「決断」と書いたけど、迷いに迷っての決断なのだ。

病院へ行くのに何をグズグズ迷うのだ?早く行けよ!と他人様は疑問に思うだろう。

 

そもそも俺は病院が嫌いである。

病院の診断に安心していた母が突然死したのでなおさら不信感が強い。

病院は病人が集まるので病気をもらいやすい。

さらに、恥ずかしい話だが経済的に苦しいので仕事を休むなんてとんでもないことだった。そんな贅沢はできなない。

今までイラストのようなマンガのような仕事を少量こなしてきた俺だが、それ以外の収入に頼るしかなく去年からは工場での検品を始めた。契約社員だ。まだ勤めて半年たってないから有給はない。休めばそれだけ収入が減る!そう考えると絶対に休めない。

 

いつのまにか、時間イコールお金。時は金なり、という考えに頭の中が支配され、不機嫌を極めていくここ最近なのであった。この固定しつつある思いを何かが無理やり打ち砕こうとしているのである。小さいぞお前!と怒鳴れてるように。

 

痛いのはやだ。人それぞれいろんな痛みがあると思う。

病気やらケガやら症状は様々だけど、他人様の痛みほどわからないものはない。

本人だけが感じている痛みは切実で、まわりの迷惑とかお金がどうのとか考えて迷ってられる余裕はないのだ。痛すぎて一気に決断まで駆け登る。

痛いのは嫌だから普段はグズグズしてやらない面倒なこともどんどんやってしまう。

 

ということで、まず近所の耳鼻科へ行った。診断の結果「鼻の中きれいですよ~」とお医者さんに言われた。恐れていた副鼻腔炎よる歯痛ではなかった。しかし相変わらず歯が痛い。納得できない。

念のために俺の口の中を見てくれたが「虫歯もないようですけどね~」と不思議がった。

 

しかしガンガンと口の中で鐘が鳴る。たまんないんだよ、痛いんだよう!俺はもう次のことを考える。耳鼻科じゃないなら次は歯科だ。幸いにもすぐに予約がとれてその日の午後なじみの歯科へ。普段は屁理屈をこねて動かない俺にしては異例のスピードだ。

 

すぐにレントゲンを撮って結果を待つ。長くお世話になってる女医さんがレントゲンの結果をモニターで見せてくれる。「この右側の詰め物をした歯の根元がね~」と説明が始まった。簡単にまとめてしまうと噛み合わせの悪さから痛みが出るということ。

そんなことでこんなに痛くなるか?と思う。もっと悪性の虫歯じゃないのか?

でもここが痛いんでしょ?と問題の箇所をちょっと押されると激痛。絶体絶命の信号が響き渡る。「歯を噛みしめる癖が無意識にありませんか?」と聞くけど「無意識だからわかりません」と答えるしかない。

「こういうしっかりしたアゴの持ち主はストレスを感じると歯を食い縛る傾向があるんですよ、私もそうですから」アゴ?普段はまったく注目しない部位である。アゴに特徴があるとも思っていなかった。ちなみに女医さんはポッチャリしているから特にアゴが目立たつわけでもない。

 

「詰め物をした歯は他の歯と違ってすり減らないんですよ。だからそこだけ高くなって自然に力がかかるようになる。詰め物の下にあるの歯の神経が圧迫されて痛みとなる」

と明解に説明してくれた。わかるようでわからない話にただ「はい」と答えるだけだ。

 

それからすぐに詰め物の歯の調整になり、ギワンギワンと歯の詰め物を削る。噛み合わせの検査を繰り返す。こうしてる間にも痛みの衝撃が走るから、神に祈るように手を固く握ってしまう。俺は痛みには弱い。痛みがあると何もできないし考えることなんかできない。叫びたいくらいだ。しかし口を開けているから何もできない。

ただ和尚が鐘を打ち続ける。おのれの罪やけがれをはらう強い反省を求めて。

治療されている受け身の俺のできるのは祈ることだけだ。

 

でも痛い時ってそうでしょう?

何かに祈りたくなりませんか?

痛みが晴れない限り地獄を巡っているよう感じなんですから。

まあ、日頃甘い菓子を食べ続けた結果だから自業自得だけど。

でも根本原因は社会に対するストレスとかだからとブツブツ思ううちに

「お口ゆすいでください」の声でハッとする。

 

治療が終わった。

外へ出て駅まで細い路地を歩く。

不思議にあの痛みは感じない。

あんなに痛かったのに、噛み合わせの調整でこうなるか?

また痛くなるんじゃないかな~と不安はぬぐいきれない。

 

納得は今ひとつだが、痛みがないのは幸せなことだ。

夕日がさして目に入るものが愛しく感じる。

ああ、なんかホッとするな~。

 

喉元過ぎれば熱さを忘れるってこういうこと?

 

 

 

 

 

 

ボートの一匹と一人

 

みなさん、おはようございます。

という朝の目覚めの状況が水の上だったら?

ということを考えてマンガを書きました。

「ボートの三人男」というイギリスの小説がありました。

ロンドンからオックスフォードまでのテムズ河のんびり往復旅。

この小説、実はちゃんと最後まで読んでいない。

でもきっと楽しいはず。

あ、マンガの中で男の子が「ハマス・ホイ!」と言っていますが、

デンマークの画家の名前が面白かったから書いただけです。

マイケル・ホイという人もいたな〜とか記憶があちこち飛んで行きます。

 

f:id:tabitami:20190602160902j:plain

ボートで旅するマンガ

 

長新太さん

魚や鳥や猫を見ていると

脱力感とか、浮遊感という言葉の意味が

ジワリとわかってくる。

そうか、こんなに柔らかく鋭く生きているのだな〜

そう感じるのです。

長新太さんの絵本もそんな感覚の世界です。

私が初めてお会いしたのは、

1990年代の日本橋丸善のサイン会でした。

まだ寒い日で鼻をかんでおられました。

隣に漫画家の永島慎二さんもおられました。

20代の私はただ憧れていた人物にお会いしたいと

ヒョコヒョコ出かけて行ったのでした。

その時はドキドキで何も会話ができませんでした。

のちに

「あなたはお父さんにそっくりだね」

と顔を覚えてもらうくらいにはなったのです。

しかしその頃にはご病気で、

あっという間に亡くなってしまわれた。

たくさんの長ファンを葬儀で目にした時に

偉大な仕事を成し遂げた人だったのだと

改めて感じました。

というわけで、長新太さんは永遠不滅です。

脱力、浮遊、変身、なんでもOK!

 

f:id:tabitami:20190127123814p:plain

長新太さん

 

モーリス・ベジャール

時間が経つと忘れられていく時代の空気。

1980年代だったら、私の場合ベジャールです。

バレエの革命があったんです。

バレエの男って言ったら白いタイツの王子。

いったいどこがカッコイイのか?

股間が目立ってしょうがないし、弱そうなイメージ。

当時の日本男子は足が短かった。

そんな貧弱なイメージの日本のバレエ界を

変えてしまった振付家

それがモーリス・ベジャールだ。

やはり、クロード・ルルーシュ監督の

「愛と哀しみのボレロ」が大きい。

私は中学生だったけど、この映画を8回は観たよ。

ボレロを踊っていたジョルジュ・ドン。

白いタイツの王子とは対極の野獣のようで

カッコイイな〜と感じたのは時代の空気もあった。

男を美しいと感じたのは、ブルース・リー以来で、

1980年代から『美しい男』という感覚はあたりまえ

になっていったように思う。

 

f:id:tabitami:20190120112311p:plain

ベジャールボレロ

 

井上洋介さん

年が明けましたね。

年賀状を出す人は減少しているようですが、私は出しますね。

まあ、迷惑なら申し訳ないのですが。

あ、でも私は来た人にしか出してない。元日に慌てて返事を書く。

後出しです。単純に手紙として使用しています。

いばれる事ではない。

 

今回の干支はイノシシ。

ボールペンと色鉛筆でカリカリゴシゴシ。

去年末に見た井上洋介さんの絵の「うぶめ」という絵本に

影響されています。

京極夏彦さんの文です。

はっきり言って怖く悲しい世界です。

しかし居心地が良いというか、

深い安らぎのような感じがあります。

井上さんの絵はふっくらして、なんかダボダボしている。

色なんか不気味なんだけれど、泥みたいで柔らかい。

そうやって見ているうちに私も描きたくなる。

たぶん、そんな引っかかりがある絵なんです。

そういう絵はあまり商品には向いてないのかも

しれませんが、やっぱり力がある。

いいんです。

というわけで、みんなに違う絵を描きました。

代表して以前、井上さんの担当をしていた編集の方に

送った絵を載せておきます。

 

f:id:tabitami:20190102175912j:plain

京成電車に乗って

 

 

 

 

 

 

 

思いがけないひとこと

こんにちは。もう12月ですねぇ。

私は半年ほど求職支援の職業訓練校に通ってました。

選んだのはグラフィックデザインのコースなんですが・・・。

小学生から今までアナログ派でやってきた私ですから、かなり冷や汗をかき、

かつ、立ち往生の放心状態ですわ。時代の流れは私を置いてずっと先に行って

しまったことに、ようやく気がついたイカダに乗った私。ポツン。

イラレだフォトショだHTMLだCSSだと盛りだくさんの情報を理解して消化することははなはだ困難であり、「さよか、今はそんな時代か」とタイムマシンに乗って明治時代から訪問したかのごとくの他人事の気分でした。

 

そして、ひょんなことから、現場でWebサイト広告のアルバイトのチャンスに恵まれました。アナログからいきなりWebですぜ。高山病になりそうでした。

当然、一夜漬けの頭と技術では対応できません。2日でクビになりました。

ゴーン。(鐘の音)

 

時代とは何ですかねぇ。東京のほんの小さな現実から今の時代を語るなんてことはできませんが、10年後に振り返ってみるとまた次の何かが現れているのでしょうね。そしてその流れに乗れない奴も少数いるのでしょう。ヒュー。

 

そんな後ろ向きな私が電車の中で見かけた欧米の方をスケッチしていたら、

「うまい!」という声が聞こえました。隣でスマフォゲームをしていた女性

が私のクロッキー帳を見ていたのです。「ね、うまいよね?」と連れの女性

にも話しかけます。恥ずかしいですが、せっかくですので私はクロッキー

を見やすいように差し出しました。「このペンで描いてるんですか?」

と質問されたので「サインペンです。消せません」と答えました。

するとまた「すごい!うまい」というお言葉。恐縮です。顔が赤くなります。

だいたい電車内のスケッチは描く対象人物を一瞬で描くようにしています。ジロジロ見ると失礼になりますからね。しかし、そんな私が見られていたことに気がつきませんでした。

うまくはないでしょうが、なんだか元気が出たような気がいたしました。

 

f:id:tabitami:20181201152650p:plain

電車の中でスケッチ

 

道具と私

フォトショップのエレメンツで絵を描いています。

レイヤーを重ねるという機能が貼り絵のようです。

マウスで絵を描くのはペンや鉛筆とはちがって勢いがなくなるかな?

 

音楽のように、踊るように何かを表現できたら良いな〜と思います。

 

f:id:tabitami:20180728133612j:plain