子どもの頃、家にあった絵本で特別に好きだった絵本といえば、岩波の「ひとまねこざる」だ。これはシリーズで4冊くらいあったかな?と調べてみたら6冊もあった。全巻、記憶がある。当時見ていた小型の絵本は見すぎてボロボロになり今はない。だけどこの頃に吸収したものは、一生忘れないですね。読み聞かせてくれた大人たち、両親に素直に感謝です。(忙しくて疲れていたのに、何度も読んでいただいた)
猿のジョージが必ず余計なことをして、その結果、失敗して大変なことになる。子どもにとってはその失敗が笑ってしまうくらい楽しい。というのも、ジョージのやることは、その状況だったらやりたくなるよね、ということばかりだ。
今でも覚えているエピソードを書いてみよう。どのシリーズだったかは思い出せないが……。
・動物園を抜け出したジョージがゾウの耳をふとんにして寝るところ。ちゃっかりしていて、なんと可愛いらしい絵!
・街灯によじ登り車の上にジャンプ。そのまま車に乗って移動するところ。見開きページは1940年代のニューヨークであろうか。
・ペンキ屋さんの仕事を窓の外から見て、ついつい部屋の壁にジャングルの絵を描いてしまうところ。ジョージそんなに絵を描くのうまかったっけ?ちゃっかり自画像も描いて。
・いたずらがばれて皆に追いかけられ、非常階段をスタコラ逃げるが脚を挫いてしまうところ。病院へ運ばれる可哀想なジョージ、その事件が新聞に掲載され黄色い帽子のおじさんが驚く。
・忍び込んだレストランの厨房でパスタ(うどんと翻訳されていた)を食べてしかられる、扉の向こうで猫が見ている。おわびにお皿洗いを手足を使って手伝うところ。ジョージは足も手のように使えるのである。
・プレゼントのパズルのピースを食べてお腹が痛くなるところ。その後レントゲンでピースの形を発見。
・病院で車椅子に乗ってスロープを下るところ、もちろんその後の展開はおなじみの失敗だ。
・病院でエーテルのふたを開けて気を失ったり、レコードプレーヤーの上でクルクル回転してのびてしまったり、手足を使って人形劇を演じて喝采を浴びる。
・博物館にある椰子の木に登って恐竜の模型を倒してしまうところ。
・ジョージが書斎をあぶくだらけにしてしまうところ。水を部屋からかきだそうとシャベルを持った後ろ姿。ジョージの深いため息が聞こえてきそうな絵。
ーとまあキリはないのだが、最後はいつもハッピーエンド。なぜなら、この絵本の世界に出てくる人たちは、ジョージの失敗をとがめることはあっても、安心感が常にある。どんなことがあっても優しく包容する社会があるからだ。だからジョージは気楽に好奇心のままに行動し、失敗をする。それが成長というものを約束する環境ではないだろうか。今の社会はどうだろ?
この絵本の絵に注目してみよう。
はっきりと簡潔で柔らかい線。色は黄色や青やピンクが鮮やかで、1970年代の日本の幼児には夢の世界だった。そしてジョージの喜怒哀楽の表情、動きがよくわかる。何というか、芸術的な絵ではないのだろうけれど、よくわかるという点でこれ以上に伝わる絵はなし、と思う。マトを得ているんです。
(作者が亡くなった後に描かれた"おさるのジョージ"については、私にはまったく別のモノという感じがする。これはこれで親しまれているのでしょうが)
作者はH・レイ夫妻。絵は夫のハンス・アウグスト・レイが描いている。当時の印刷技術をうまく使っていて、線と色を別々に描いて、浮世絵のような構造で作られている。描き分け版という技術で、その当時には斬新だった。今だったら、グラフィックソフトを使ってレイヤーを分けてごく簡単にできるテクニックだ。
だが、あれだけの生き生きとした猿を描ける人が今いるだろうか。ナチスを逃れて自転車!で移動して、バスタブを売りながら絵本を描く。その場所で生きられないなら、生きられる土地へ自転車で行く。どこかノンキでふてぶてしいほどのたくましさ。そこが好きだ。あの軽いタッチのジョージやきいろい帽子のおじさんをどんな気持ちで描いていたのか。その暗黒の時代に明るく軽やかな絵本を作ってくれたことに拍手を送りたい。

ひとまねこざるが好き