tabitamiの日記

日々を生きていくことが旅だ。たくさんの人=たみ。旅する民をラクガキスタイルで表現する。

お別れは突然やってきて

先日亡くなった美輪明宏さん。

私にとってはスピリチュアルブームのきっかけをつくった「オーラの泉」というテレビ番組の人というイメージが大きい。

調べたら2005年から始まった番組でした。当時毎回ビデオで録画していました。前世という考え方も面白くて、ゲストを江原啓之氏がリーディングして前世はエジプトの王様でしたとか、イギリスの貴族でしたとか、守護霊のメッセージやオーラの色などを伝えるわけです。

「生まれかわり」reincarnationという考えは科学的には完全に立証できてはいませんが、一種の遊びと捉えて楽しむにはいいのではないかと。その頃30代の私は無邪気に楽しんでいました。

そのうちスピリチュアルブームになって、多くの自称霊能者が商売を始めました。実際には高いレベルの霊能者って少ないし、商売の継続は難しいと思う。お金にとらわれると霊能力は落ちると思うのだ。とても精妙な集中力は厳しい修行が必要なのではないか。

美輪明宏さんはかなりの人格者だったと思う。政治についても間違ったことはソンタクしないで発言するし、弱い側の味方だった。それだけ苦労をして生きてきたのだと思う。役者、歌手としての輝きもあったし、美的な感度も鋭く教養が高かった。教えられたことも多い。

一度だけ、東京目黒の庭園美術館でお見かけする機会があった。舞台では大きく見えたが、とても小柄な人だったことに驚いた。その時は芸能人のオーラはスイッチを切るように消していた。

チケット売り場で私の前に並んでいたのだが、黄色の髪の毛の後ろ姿を見ていても、それがあの美輪様だとは気が付かず、美術館に入って展示を見つめる横顔を見て「あ!」となった。声はかけてはいけない空気だったから通りすぎたのだった。

近くで同じ空気を吸っただけでファンとしては満足でした。

今までお疲れ様でした。ご冥福をお祈りします。この世のお勤めありがとうございました。

 

黄色いバラの観音

 

ぬか漬けは手間ひま

私の家ではぬか漬けをつけている。

ぬか漬けのぬか床は生き物だ。

温度に敏感に反応し毎日変化がある。匂いもすごい。この匂いを好きになるかどうかがぬか漬けマイスターの道の分かれ目だ。

私はいつも左手でぬか床を混ぜる。右手でペーパータオルや野菜を取るからだ。

そのせいで左手がぬか臭い。なぜか猫がその手を舐める。茶虎の猫は、ぬかや、コーヒーの粉など匂いのするものが好きなようだ。ウチの猫だけだろうか。

そもそもは、アルバイトで「ぬか漬け教室」のアシスタントをしたことがきっかけでした。ぬか床を作る時に必要なぬか、塩、水、昆布、鷹の爪、生姜らを計量し、それぞれを混ぜてもらいながらタイミングを見て配って行く。参加者は手がぬかだらけになるので、私の出番となったのでした。。

それまで実家ではぬか漬けなど見たこともなかった。玄米が主食だったからか、納豆もあまり食べなかった。今は妻が納豆好きなので仕方なく付き合いで食べることになったが、納豆を口に運ぶ時に、粘る糸を巧みに切り、口の周りをねばつかせずに咀嚼できる人を尊敬しています。

で、ぬか漬けです。

ぬか漬けの世話は実に面倒くさい。毎日混ぜないとすぐに酸まく酵母菌が発生し白くかびる。手も汚れるし、流しが詰まりやすい。急いでいる時には付き合えない。正直言ってやめたくなる時もある。でもやはり美味しいし、どこか可愛くなってくるのだ。

ぬか床と猫

 

好きな絵本について

子どもの頃、家にあった絵本で特別に好きだった絵本といえば、岩波の「ひとまねこざる」だ。これはシリーズで4冊くらいあったかな?と調べてみたら6冊もあった。全巻、記憶がある。当時見ていた小型の絵本は見すぎてボロボロになり今はない。だけどこの頃に吸収したものは、一生忘れないですね。読み聞かせてくれた大人たち、両親に素直に感謝です。(忙しくて疲れていたのに、何度も読んでいただいた)

猿のジョージが必ず余計なことをして、その結果、失敗して大変なことになる。子どもにとってはその失敗が笑ってしまうくらい楽しい。というのも、ジョージのやることは、その状況だったらやりたくなるよね、ということばかりだ。

今でも覚えているエピソードを書いてみよう。どのシリーズだったかは思い出せないが……。

・動物園を抜け出したジョージがゾウの耳をふとんにして寝るところ。ちゃっかりしていて、なんと可愛いらしい絵!

・街灯によじ登り車の上にジャンプ。そのまま車に乗って移動するところ。見開きページは1940年代のニューヨークであろうか。

・ペンキ屋さんの仕事を窓の外から見て、ついつい部屋の壁にジャングルの絵を描いてしまうところ。ジョージそんなに絵を描くのうまかったっけ?ちゃっかり自画像も描いて。

・いたずらがばれて皆に追いかけられ、非常階段をスタコラ逃げるが脚を挫いてしまうところ。病院へ運ばれる可哀想なジョージ、その事件が新聞に掲載され黄色い帽子のおじさんが驚く。

・忍び込んだレストランの厨房でパスタ(うどんと翻訳されていた)を食べてしかられる、扉の向こうで猫が見ている。おわびにお皿洗いを手足を使って手伝うところ。ジョージは足も手のように使えるのである。

・プレゼントのパズルのピースを食べてお腹が痛くなるところ。その後レントゲンでピースの形を発見。

・病院で車椅子に乗ってスロープを下るところ、もちろんその後の展開はおなじみの失敗だ。

・病院でエーテルのふたを開けて気を失ったり、レコードプレーヤーの上でクルクル回転してのびてしまったり、手足を使って人形劇を演じて喝采を浴びる。

・博物館にある椰子の木に登って恐竜の模型を倒してしまうところ。

・ジョージが書斎をあぶくだらけにしてしまうところ。水を部屋からかきだそうとシャベルを持った後ろ姿。ジョージの深いため息が聞こえてきそうな絵。

 

ーとまあキリはないのだが、最後はいつもハッピーエンド。なぜなら、この絵本の世界に出てくる人たちは、ジョージの失敗をとがめることはあっても、安心感が常にある。どんなことがあっても優しく包容する社会があるからだ。だからジョージは気楽に好奇心のままに行動し、失敗をする。それが成長というものを約束する環境ではないだろうか。今の社会はどうだろ?

この絵本の絵に注目してみよう。

はっきりと簡潔で柔らかい線。色は黄色や青やピンクが鮮やかで、1970年代の日本の幼児には夢の世界だった。そしてジョージの喜怒哀楽の表情、動きがよくわかる。何というか、芸術的な絵ではないのだろうけれど、よくわかるという点でこれ以上に伝わる絵はなし、と思う。マトを得ているんです。

(作者が亡くなった後に描かれた"おさるのジョージ"については、私にはまったく別のモノという感じがする。これはこれで親しまれているのでしょうが)

作者はH・レイ夫妻。絵は夫のハンス・アウグスト・レイが描いている。当時の印刷技術をうまく使っていて、線と色を別々に描いて、浮世絵のような構造で作られている。描き分け版という技術で、その当時には斬新だった。今だったら、グラフィックソフトを使ってレイヤーを分けてごく簡単にできるテクニックだ。

だが、あれだけの生き生きとした猿を描ける人が今いるだろうか。ナチスを逃れて自転車!で移動して、バスタブを売りながら絵本を描く。その場所で生きられないなら、生きられる土地へ自転車で行く。どこかノンキでふてぶてしいほどのたくましさ。そこが好きだ。あの軽いタッチのジョージやきいろい帽子のおじさんをどんな気持ちで描いていたのか。その暗黒の時代に明るく軽やかな絵本を作ってくれたことに拍手を送りたい。

ひとまねこざるが好き

 

 

 

母の日だけど1975年のこと

ということで、昔のことを書きますよ。

ええ、まあ、いつものように個人的な話で失礼します。でも、有名人も出てくるから読んでください。

みなさんは、南伸介さんは記憶ありますか?初代ですよ。お笑いグループてんぷくトリオのリーダーでございます。(伊藤四郎、戸塚睦夫でトリオ) 

その南伸介さんが司会をしていたNHKお笑いオンステージの「減点パパ」のコーナーに家族で出演したことがあります。(その時は減点ファミリーというタイトル)

南伸介さんは絵が上手くて、番組内でゲストの子どもに親の特徴を質問しながら似顔絵を描きます。スラスラ描くんですよね。収録では下書きは無しでぶっつけ本番でした。

実は、収録前にゲストを前にしてスケッチをしてました。でも、番組前半にコントを演じた後の短い休憩の合間だったらしく、南さんはなぜかパジャマ姿でした。

後で考えるとコントの衣装を着替える余裕もなかったんでしょう。じっとその日のゲストである父の顔を見つめ、素早くスケッチしていたように記憶しています。

それと、伊藤四郎さんがコントでジャージを着て汗だくでマラソンをしていた姿が忘れられない。大人が観客のために真剣にに汗を流し、ふざけたことを演じることが鮮烈な印象でした。

僕たち家族は、テレビに出演したことは数回あるのですが、普通の家族ですから、とても緊張していました。その緊張を笑いに変えるのが司会の南さんでした。素晴らしい才能だったと思います。1975年10月のことでした。

南伸介 減点ファミリー

 

意外な有名人

フォローしている方のブログを読んでいて、自分が特に反応してしまうのは、思い出話の中に知っている映画やテレビ番組の名前が出てきた時だ。

僕がバレエを習っていた話は何度もブログで書いているのだけど、そこで出会った意外な有名人がいた。それは、ピンポンパンの体操のお兄さんこと、金森勢さんだ。彼は所属していたユニークバレエシアターの公演のために来ていた。

ある時、着替え室で「きみ、がんばってね」などと言われて誰だろう?と思い、後で名前がわかり驚いた。その時の金森さんは、色黒の逞しいおじさんであり、あのピンポンパンの飾り帽子でジャンプして動きまわっていたお兄さんには思えなかった。

もっとも、僕の家では朝はテレビを見る習慣がなかったから、ピンポンパンにせよ、ポンキッキ、または、ロンパールームという幼児番組を目にするのは珍しかった。わずかにピンポンパンで記憶しているのはセットの中央に置かれた大木だ。その洞穴から子どもに渡されるプレゼントに憧れた。どんなプレゼントだったのかな?

ピンポンパンのお兄さん

 

 

デニムにダメージありがとう

桜が散ってきました。

先日、アルバイト先で付き合いのある企業のバーベキュー大会を手伝いました。

自分、まったく縁のない世界なんですよね。バーベキューなんて健康的な世界。

で、このバーべキューでの食料調達とパラソル設営にゲーム大会の企画運営?っていうか、一切合切を担当することに。(以前に少しだけ手伝った)

自分、苦手なんですよね、そういうの。と愚痴を聞いてくれるはずの妻も、今回は「あんた不満が多すぎるよ!」と付き合いきれない感じで、彼女は右手を手術後リハビリ中でした。それでもブツブツと不平をまき散らし、迷惑ですね。

100人以上の肉の調達ってしたことあります?飲み物も含め、ちょっと想像がつかないわけですから、前回の注文履歴を参考に準備したのです。ネット注文で準備万端。

だがしかし、大事なものを注文するのを忘れていたのでした。

いよいよ、会が始まろうとする時でした。100人あまりが着席してしーんとしてます。

司会者が「では、社長、乾杯の言葉をお願いします」すると社長がニコニコしながら「乾杯する飲み物がないよ~」え?!ええ~~~。

私、倒れそうになりました。いや、飲み物はたっぷりとあります、ビールサーバーはキンキンに冷えて、ソフトドリンクもアイスボックス(どぶづけ)にぎゅうぎゅうに氷とともに詰まっております。すこぶる快晴の下、さわやかな風に桜の花びらも舞っております。

紙コップがないとは!

……あれ?そういえば注文した記憶がございません。

こんな時の私は青くなり、石のように固まってしまい、もう動くことができません。現実逃避です。(ソモソモ僕ニ頼ムノガイケナイノサ、辞表ハ、イツデモ準備シテオリマスヨ)融通が利かない私を見て、周りの従業員の方がすぐに、倉庫の奥から紙コップを持って来てくれて問題は解決。どうもありがとうございます、とつぶやくことしかできませんでした。

そのほかにもいろいろ失敗だらけでした。

例えば、マシュマロ。あれってバーベキューの定番なんです。焼くと中が溶けておいしい。このマシュマロを当日より2週間も前に注文していたんです。ところが、前日に会場に着いているか確認したところ「は?何も着いてませんよ」と。メーカーに問い合わせたら注文が完了しておりませんとな。

私、慌てました。このバーベキュー用のマシュマロって特別な店にしか置いてないのですよ。漫画のように顔に縦線になる私を見て、若い同僚(女性)が「そういうバカげたモノはドンキですよ、絶対置いてます」と自信たっぷりに言う。あ、ドン・キホーテという何でも屋さんのことです。まちがっても行かない場所です、(ボクハ、ウルサイ店ハ嫌イデスカラネ近寄リタクナイ)

それからゲームで使ったストップウォッチ。目をつぶって10秒を当てるというルール。

ええ、私が企画したんです。

ストップウォッチを12個もアマゾンで注文したら……見た目はカッコイイのが届きました。しかし取扱説明書は英語と中国語のみ。パソコンで翻訳しても使い方がよくわからない。さらに、電源のON/OFF機能がない。(1個500円以上はしました)したがってずーっと電源が入ったまま、時おりピーーーと音がする。12台ですからね、机の下に置いていても小鳥のようにうるさく鳴く。同僚たちからもうるさいとクレームをいただきました。(オレガ悪イノカ?アマゾンノ責任デハナイノカ?注文シタ俺ガワルイノダネ、アア、ソウカイ。ソウナノカイ。ア~ア、カナシイネ~カナシイネ~)

わが心は、デニムであればダメージを受けていい色になったってところですかね。

まあ、この悪夢も、とりあえず終わりました。今朝、ストップウォッチノ電池をネジでふたを開けて外しました。一台につき6本のネジ×12です。もう音はしません。合掌。

みなさんもダークな状況がいろいろあると思います。そんな時はブログにでも書いてくだされば、じっくり読みます。そういう気持ちわかりますからね。そして心の中で、見ているよ。あなたは悪くない!タイミングが悪いだけ!と言って☆を押します。

ツライ気持ちの時は、木をスケッチしています。木の枝ぶりや木肌をじっと見ていると何か癒されるからです。みなさんに幸あれ。

こぶしの木

 

 

ほっぺにキスしたスパイ?

たまたま、Amazonプライムでやっていたフランス映画を観ました。

「落下の解剖学」というタイトル。

簡単にあらすじだけ紹介。

ある夫婦の夫が山荘の屋根の修理中に落下して亡くなる。その事件をめぐって妻の他殺か、夫の自殺かで裁判になる。はたして何が真実か。という話。

ザンドラ・ヒュラーという女優さんが出ています。

この人の顔を見ていて、なんか気になるなぁーと感じたのです。その理由が映画の後半あたりまでいってハッキリした。独特の暗さのある表情をしているんだけど、彼女は東ドイツ出身だった。

フランス人もドイツ人も我々日本人には、あんまり区別つかないからヨーロッパの人って感じにしか見えないんだけど、例えば日本人と韓国人と中国人ってかなり違う。日本人から見たら何となくわかる。

けっこう微妙な話になるのは、隣国同士ってあんまり仲良くないこと。あからさまではないけど、この映画ではドイツ人とフランス人の夫婦が対等になるために、あえて英語で話していること。そこに別れの予感を感じた。

 

さて、女優のザンドラ・ヒュラーについて。

前にもブログで書いたのだけど、昔、家族で東ドイツへ行った時に現地の通訳さんにお世話になった。40代か50代くらいの女性だったけど、その人がどことなくザンドラ・ヒュラーに似ていたのです。

献身的に通訳してくれて、別れる時にはひとりひとりにハグしてくれたのだった。ほっぺにキスされたのは初めてで、忘れられない思い出です。

 

でも、なのですよ。その後、東ドイツという国はなくなり、時が流れた。ここ最近になって東ドイツの当時の社会事情が明らかになった。それは相互監視社会と呼ばれ、秘密警察や一般人までもがスパイのように友達まで監視して密告する日常だった。

旅行者も当然、監視されていたと思う。その記録が公開され、申告すれば見れられるそうだ。仮に自分ら家族の記録が評価され報告されていたとしても、今さらどうもなりゃしない。美しい思い出をぶち壊す必要もないだろう。

けれど、あのザンドラ・ヒュラーに似た通訳さんもスパイだったのか?あるいはその旅行での通訳の行動を誰かが監視していた?と思うと国家って恐ろしいなと思う。

映画のザンドラ・ヒュラーさんは、癖のある作家さんを演じていて、夫婦間のすきま風はかなり冷たく苦いものがあります。

東ドイツの通訳さん